小川国夫
[LNG:JP]小川国夫

自らを「枝っ子」と称した小川国夫

昭和2年藤枝市長楽寺(現・藤枝市本町1丁目)で生まれた小川国夫は、小学校時代に病気のため2年間休学します。
この療養中、読書に親しみ、8歳のとき初めて聖書に触れたことが後の作品に影響を与えました。
20歳の時カトリックの洗礼を受け、また藤枝聖アンナカトリック教会のフランス人神父からフランス語を学びました。

昭和25年に東京大学文学部に入学。「東海のほとり」「動員時代」を発表します。
昭和28年パリ大学に留学。3年余りをフランスに滞在し、その間にスペイン・イタリアなど地中海沿岸諸国を旅しました。
この経験が後の「アポロンの島」などの作品を生むことになります。

彼は自分の作品について

 「もう二十五年も前、私は将来書いていくべき小説の流れを、三筋に分けようと決意した。
  第一の筋は、聖書の世界を拡大したり変形したりした物語の流れにしよう、
  第二の筋は、故郷大井川流域を舞台にした架構のドラマの流れに、
  三番目の筋は、実際の体験、交際、見聞に多少の潤色を加えた私小説風の流れにしようということであった。
  そして、ほぼその通りになった。私は今でもこの三筋の流れに棹差している。」

と「逸民」(新潮社、昭和61年)の後記で述べています。

感傷的な表現を避け、簡潔な文体で光と影の原初的な光景の中に人間の行為を映し出した作品を発表した彼は、
自らを「枝っ子」と称し、平成20年4月に生涯を閉じるまで藤枝を離れることなくマイナーな立場を固持し、
着実なペースで自作のテーマを追求しました。


【主な作品】
 「アポロンの島」「逸民」「或る聖書」「悲しみの港」「ハシッシギャング」「弱い神」

(参考:藤枝市郷土博物館・文学館「藤枝ゆかりの文学者」)