ホーム > 見る・遊ぶ/SightSeeing > 歴史・文化・祭り > 村越化石俳句の碑/Monument of the Kaseki Murakoshi's haiku
村越化石俳句の碑
[LNG:JP]村越化石俳句の碑

魂の俳人村越化石

本名は村越英彦。大正11年、志太郡朝比奈村(現・藤枝市)新舟に生まれる。
16歳のときハンセン病に罹患し、旧制志太中学を中退。昭和16年、群馬県草津町の国立療養所・栗生楽泉園に入園。
戦後、特効薬プロミンの開発により病は完治するも、後遺症をかかえながら句作を続けました。

ホトトギス同人の本田一杉(いっさん)、「栗の花句会」の浅香(あさか)甲陽(こうよう)、
また昭和24年に大野(おおの)林火(りんか)の「冬雁」に感銘し、以後林火の影響を強く受けていきます。

病の後遺症で光を失い、自由の利かない身体にもかかわらず、己の生を見つめながら
生命の力強さを詠み続けた村越化石は、蛇笏賞、詩歌文学館賞など多くの賞を受け「魂の俳人」と称されています。

 「生き堪へて七夕の文字太く書く」 「生きねばや鳥とて雪を払ひ立つ」

平成14年、実家に近い「玉露の里」に建てられた村越化石句碑には「望郷の目覚む八十八夜かな」と刻まれています。

また、除幕式のため60年ぶりに帰郷した年には、「茶の花を心に灯し帰郷せり」と詠んでいます。

(参考:藤枝市郷土博物館・文学館「藤枝ゆかりの文学者」)